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「―、ありがとう!」
 誕生日の贈り物が余程気に入ったのか、ふわりと胸に飛び込んでくる。
 そうして細い腕で柔らかくこちらを抱き締めてから、もう一度嬉しそうに名前を呼んで、こう言うのだ。
 まだ幼い心のままに、
「―、大好き!!」
 と。
 その言葉を楽しげにその唇が綴る度に、彼は密かに息を詰める。心の底から喜びや気恥ずかしさが溢れてきて、決まって最後は軽い失望が顔を出す。
 それにそっと蓋をして、彼は彼女に嘘を吐いた。
 その言葉を嘘だとは、きっと夢にも思わない彼女は喜びを表すようにさらにぎゅっと抱きついてきた。近すぎて見えないその笑顔はきっと、先程よりも輝いているのだろう。そんなことを思いながら、その親愛に応えるように、ふわふわとした赤毛に指をそっとからめて撫でた。


 とてもお転婆で、みんなのことが大好きで、みんなに好かれる少女だから。誕生日を祝うささやかな宴でも、あちらこちらに引っぱり回される。まるで疲れ知らずのようにはしゃいでいたけれど、パーティが終わる頃にはうつらうつらとしていた。
 片付けが終わった時にはテーブルの上にぺったりとその柔らかな頬をくっつけて、船をこぎ夢の世界へ旅立っていた。
「ヘンリエッタ」
 名前を呼んで肩を揺すっても、むーと不明瞭にうめくだけで起きる気配はない。ため息ひとつ、仕方なしに抱きあげて部屋まで運びそっとベッドにおろしてやる。
 その間も瞼が震える様子はなく、むしろ無意識に首にしがみついてくる腕を解くのに苦労したぐらいだった。
「………―」
「ヘンリエッタ?」
 かすかな声で名を呼ばれ、問い返しても返るのは規則正しい寝息だけ。単なる寝言だったようだ。とても安らかな寝顔で、きっと幸せな夢を見ているのだろう。もしかしたら自分もその夢の登場人物かもしれないと思うと、面映ゆい気がしてそっと目を伏せた。
「―、だい、すき」
 静かな夜に、あどけない少女の声はどこまでも甘やかなのに、束の間彼の息を奪う。あの時は彼女が望むであろう嘘を吐いて、誤魔化したけれど本当は―
「すき、じゃあ、ない」
 夜に紛れて隠した秘密を告白する。
「すき、なんかじゃあないんだよ」
 心の奥底にしまい込んで、ご丁寧に蓋までして、そうまでしたものをひっくり返して、ぽつりと零す。
「あいしてるんだ」
 まだ恋も愛も知らない彼女には、きっと届かない言葉を告げて、おやすみの代わりに額にひとつキスをおとす。
 幸福な夢が明日の朝まで続くように、と祈りを込めて。


 そしてもうひとつ。
 いつか彼女がそれを知って、その想いが花開くときは、隣に立ってその手をとるのは自分であれ、とまじないを掛けた。



後書き
 ながらくWeb拍手を務めてくれました、ありがとうございました。”彼”はグリム兄弟の誰か、というイメージで書きました。

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